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  • 2014.12.06 Saturday

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姪の結婚祝い(後編)

  • 2014.10.15 Wednesday
花嫁へのプレゼント贈呈が終わると、踊りの時間だ。花婿の親戚にはなかなかの踊り手が何人もいた。少し年長の方だったが、舞台にひとりで上がって踊りを披露している女性もいた。自宅でする結婚祝いなのでアットホームということはあるにせよ、度胸があるし、音楽に合わせて自然に体を動かすことができるのには感心するばかりだ。






右下の彼に注目



このあと花嫁も出ていって踊っていた。雰囲気のあるお祝いで、いいなと思った。男性がいなくても(いない方が?)、楽しい時間となるのだった。
ちなみに流行のことをこちらでも "mode" というようだが、最近の mode は、大胆でカラフルな柄のスカーフに、無地のドレスを合わせることのようだ。少し前までは黒っぽい細かい柄のスカーフが多いと思っていたのに、いつのまにか流行は変わっていた。わたしはもともと流行に関心がないし、ここでは異邦人のためさらに疎くなっているので、周りからは憐れに思われているに違いない。市場でも集まりでも、よく「新しいスカーフを買え」と勧められるのだった。



踊りのあとしばらくして、お客さんは引出物を持って帰っていった。そのあとは近しい親戚だけでいただいた贈物を吟味し(お約束)、お茶を飲んでお祝いが終わる。わたしたちはまた、片づけもせずに帰ってきた。


花嫁抜きで贈物を開けちゃってます


とっても悪い食べものたち


サマワ。これでお湯を沸かしてお茶を入れる


特大のガザン。一度はこれで料理してみたいが、うちでのパーティは遠慮したい(笑)

姪の結婚祝い(前篇)

  • 2014.10.15 Wednesday
大学生である姪は婚約していて、結婚は卒業して就職が決まったあとにすると彼女の母(ハリルの妹)は言っていた。ところが先日あらたに聞いたところによれば、先方が「四年は長すぎるので二年後にしてほしい」と言っているそうだ。もっともなことだが、大学の途中で結婚してしまったら、卒業や就職が難しくなるのではないだろうか。妊娠するかもしれないし、少なくとも「学校を出て仕事を得る」という目標の実現は遠のいてしまうようにわたしには思える。いずれにしても、本人に後悔のないように進んでほしいものだ。軽い後悔って、なにを選択したとしても、するものだしね。
彼女の結婚祝いに呼ばれたのは、少なくとももう三回目になる。本来なら前夜から泊まり込んで手伝いをすべきところ、今回もまた VIP 並みの訪れかた(遅刻)をして、お昼をごちそうになった。


花嫁の叔母が台所の担当(料理上手のハリマ)


チェックディルマ(牛肉)

ハリルの妹は四人いるのだが、みな揃って料理が上手だ。弟たちも野外でのケバブなどお手のものだし、この一家はみな料理の才能があるのだと思う。トルクメンの料理は遊牧民的に豪快でシンプルだが、飾りっ気のない料理を特別においしく作るためには、小さなコツを積み重ねているようだ。


あまいお菓子の数々


羊肉(の特においしいところ)

新郎の親戚からは、お祝いの品を色々といただいていた。犠牲祭のあとだからか、トレーに乗せた肉もあった。こんなに何度も結納するのは、大変そうだ。早く結婚が終わってくれと思っても不思議ではないだろう。
食事が終わったら、さっそくプレゼント贈呈となる。みなさん花嫁のもとに集まって、それぞれに品物を渡したり、お金を渡したりする。お金は、少額のお札を何枚も持って、一枚一枚花嫁の頭上に振りまく。ちょっと下品じゃないかと思うのだが、みんな喜んでやっている。その足元では必ず回収係がいて、飛び散った札束を集めているのだ。現金は見せずに包む日本の文化とは、大きな違いがある。


慶事用のスカーフとドレスは、とっても華やか





贈物は、貴金属、ドレス(生地)、スカーフ、化粧品などが多かった。受け取るたびに、ワーオ!」などと言って喜びをあらわにすることはない。あくまでもしおらしく振る舞っていた。結婚に限らず、贈物をもらったときは、その中身についてどうこう言う人を見たことがない。いただいたことをありがたく思っているように見えるのだが、実際はどうなのだろう。モノが溢れている国だと、「こんなのもらっても困る」とか言っちゃう人、いるよね〜。
初めて会ったときはまだ少女で、将来「お医者さんになりたい!」と言っていた姪だが、いつのまにかすっかり大人っぽくなって、婚約してしまった。現代のイランで「女の一生」を過ごすのは大変かもしれないが、しあわせなってほしいと思う。


悪用されると困るので、ちょっと細工しました

犠牲祭

  • 2014.10.05 Sunday
一年で最大のお祝いである「犠牲祭」がやってきた。クミシュテペでは、この日はどこの家も牛や羊を殺してその肉を食べ、また保存する。牛の場合は7人で1頭、羊は一家に1頭というのが相場のようだ。うちは、ヤギを1頭殺した。
ヤギを殺すとき、例によってハリルは降りてこなかった。弟のナーセルがいつも作業してくれるのだが、肉を捌くのはかなり体力を消耗する仕事だ。助手が足を持ったり押さえたりすればかなり作業しやすくなるのだが、ハリルが来ないので結局それはわたしの役目となった。あとで「彼(ヤギ)はとてもいい暮らしをしていたのに…」などと言っていたので、自分の世話している家畜を殺す場面を見たくなかったのだろう。肉になったらおいしいと言って食べているんだから、まったく辻褄が合っていない気がするのだが。



ナーセルは最初に小さな穴を掘る。ヤギの首を落としたときに出る血を流すためのものだ。その中心を少し高く盛って、塩を盛り、小さな炭をひとつ置いていた。その場を清めるための儀式なのかと推測したが、ついに尋ねそこねてしまった。
ナーセルにバイクで連れられて来たとき、ヤギは叫んでいた。しばらくするとおとなしくなったけれど、自分が殺されることは分かっていただろう。首を落として家畜が動かなくなるまでの、この時間がいつも本当にピリピリする。
ナーセルは、日本でも家畜を殺すのかとか聞いていたが、わたしが答えた内容はほとんどいい加減だった。日本で牛、鶏、豚がどのように殺されているか、わたしはよく知らないのだ。東京の品川に屠殺場があるそうだが、どういった方法で屠殺しているのかは知らない。そういったシーンはほとんどのメディアに出てこないし、学校で習った記憶もない。ナーセルは、写真を撮って日本のみんなに見せてやれと言っていた。見るべきだ、見ると(体が)強くなると言っていた。論理的には分からないが、感覚的には分かる気がする。神は雨を与え、草を与え、動物を与えたそうだ。でもわたしはそれを聞いたとき、もしそうならば、人間の肉もなにかに与えるべきじゃないかと、ふと思ってしまった。雑食だし、薬を打ったりしているのであまりいい肉ではなさそうだけど。



羊やヤギは、まず最初に首を落として、次に四足の膝から下を落とす。そして後ろ足の一本を吊るして、皮を剥ぐ作業に取りかかる。皮と身のあいだに軽くナイフを入れながら、皮を引っ張るようにして剥いでいく。うまくいくところは、指を入れながら皮を力で引っ張って「ビリッ」「ビリッ」と剥がしていくのだ。


待っているあいだに寝てしまったタイちゃん


ガウシャン


バートゥル。隣の家でなにか見つけたみたい



皮を剥いだら、今度は腸などの食べない部分を取り除く。小腸なのか、細い腸に詰まった糞を除きながらきれいに巻いていた。この部分は毛皮と一緒に売るのだそうだ。わたしは「ソーセージに使うんでしょ?」と聞いたが、ナーセルは人間の手術に使うと言っていた。たぶん嘘だろう。残りの腸は犬の餌となる。



心臓、肝臓、腎臓と脂肪はきれいに取り出して、これは人間のごちそうとなる。ケバブ(BBQ)にしてもいいし、たまねぎやトマトと炒めて食べるのも一般的だ。
吊るされた肉は 10 ピースくらいに部位ごとに切られて、家に運ばれた。そのあと台所でさらに小さく切り分けて、冷凍し、一家の数か月分のたんぱく源となる。今回のヤギは「チェヴィシュ」といって、6ヶ月になる前のヤギのとてもおいしい肉なのだった。
質のいい食べものを食べるためには、肉も野菜も自分で育てるのが一番だ。でも自分で育てると動物の場合とくに、かわいく思ってしまう。かわいくなると殺すのが辛くなる。辛いけど、殺すとおいしい。だから家畜は飼わない、肉は食べないという選択はおそらくできない。かと言って、家畜を単にお金や肉として扱っている態度をみると疑問を感じるが、「殺すのがかわいそう」よりも「これは肉である」と言う気持ちの方が、わたしの中で勝ってきているのは確かだ。

キリムのバッグ

  • 2014.08.17 Sunday
ボーダさんへの手土産に、義母はキリムのバッグを用意してくれた。ナーセルの奥さんが織って、義母が仕立てたものだ。





シンプルモダンが流行っている日本なら、飾りのひらひらが要らないと言う人が多そうだが、それも含めてトルクメンの伝統的な美だと理解してほしい。義母のなかには、まだまだ色々な芸が眠っているようなので、ものを作ってもらうことによってそれを引き出せたらいいと思っている。
少し前にも、試作として作ってもらったキリムのバッグがある。これらは織りも仕上げも義母が一人でしたもので、わたしにプレゼントしてくれた。






紐を撚って、太い糸でしっかり縫いつけてある



義母は昼のあいだ、必ず部屋の窓際に座って手仕事をしている。刺繍が多かったが、最近ではわたしが頼むのでキリムを手掛けたり、ナーセルの奥さんに教えて監修したりしている。日本で民芸品を売る計画は、それによって地元の女性の収入も増えたらいいなと思って進めてきたが、蓋を開けてみると義母がわたしを助けるプロジェクトのようになってしまった。そしてこちらの作業が少しでも遅れると、催促がかかってくる。


キリムのバッグを買って、義母が紐をつけたもの

結婚祝いの舞台裏

  • 2014.08.01 Friday
トルクメンの結婚式は通常、新郎と新婦の自宅で行われる。結納などの事前のお祝いも同じで、自宅にお客さんを招いて大鍋で料理をし、食事やお茶をふるまう。男女は別々にもてなされるので、女性は家の中、男性は庭でということも多いが、今回は女性のみの招待だったので全員が家の中と縁側におさまったようだ。
お祝いの際の食事はチェックディルマが主流であるはずだが、羊肉は値段が高いので、お金持ちでない限りは鶏肉を煮込んだ料理が一般的になってきているようだ。そう書いた後でなんだが、今回も鶏肉をレーズンやゼレシュクと煮込んだ「スズメ」という料理だった。新婦の母であるハリルの妹ハリメはとても料理が上手なので、頼まれて結婚式で料理人を務めることも多い。おそらく今回は別の妹のアイシャと一緒に、夜通し準備をしたに違いない。スズメは10リットル足らずの大きさの鍋に、ご飯はものすごく大きな鍋に別々に炊かれていた。まずはお皿にご飯をよそい、それから具を乗せて、別に取り分けられていた汁をかけて、ヨーグルトを乗せたら一人分のプレートのできあがり。







ご飯をよそう人、具を乗せる人、汁をかける人、それぞれ分業しているものの、「ご飯をもっと少なくよそって!」とか「ご飯はいっぱいあるから〜」とか、みな思い思いに言ったりやったりするので、作業が円滑に進む気配はまったくなし。写真を撮りながら、「ここはまるで戦場だ…」と心のなかでため息をついてしまった。



食事の盛りつけは、離れにある新婦の祖母の家の縁側で行われた。プラスチックのお皿やたくさんの魔法瓶は、祝い事用に貸し出す店があるので、そこで借りたようだ。用意してあったお皿に料理が盛られると、今度はそれがリレー方式で次々と部屋に運ばれる。





リレーを手伝っているのは、身内の者(近い親戚や近所の人)。こどもたちも使って、数十個のプレートが部屋に運びこまれる。そうしてお客さんたちは食事を供され、回ってくるコーラやファンタとともに楽しんで食べる。
紅茶とお菓子のサービスは、お客さんが来たらすぐ、食事前に出していたので、食事が終わって踊りがあり、新婦へのプレゼント進呈が終わったら、お客さんは帰っていった。その後、準備を手伝った身内の者だけになると、お茶を入れて一服することになる。こうなると知った顔ばかりになるので、わたしもゆっくりお茶を飲むことができた。一方、ハリルたち男性の身内も近所の親戚の家から戻ってきて、別の部屋でお茶を飲んでいた。トルクメンには、たとえば弟の奥さんは兄に顔を見せてはいけないなどの習慣があるので、身内といえどもあくまで男女は別々に過ごすのだ(その方が、お互い快適だということはある)。


この二つで10リットル以上のお湯が沸く

甘いものを食べながらお茶を飲むあいだ、新婦がいただいた贈物の数々を、親戚の女性たちはひとつひとつ見せてもらっていた。スカーフとドレス、アクセサリー、バッグ、靴、食器など、女性が大好きなものばかりだ。品物はまず長老である新婦の祖母に手渡され、これまたリレー方式(?)でみんなの手に渡り、それぞれが品定めをして新婦のところに戻ってくる。祖母(義母)は、スカーフの柄を一枚一枚確かめながら見ていた。




PRADA(と書いてある)バッグ


すてきなスカーフがたくさん!

わたしはこれまで、大勢の知らない人のあいだに、しかもひとところに押し込まれるようなこういった祝いの席がいやでいやで仕方なかったが、要領を得てきたからか、今回はいつもよりリラックスして過ごすことができた。と言っても、身内からしたら、なにも手伝っていないしょーもない外国人妻なのだろうが。

姪の結婚祝い

  • 2014.08.01 Friday
十代の姪が、結婚をすることになった。まだ婚約の段階なので、実際の式は一年以上先になるようだが、トルクメンの結婚祝いは式の日まで数回にわたって断続的に催される。お祝いの日はそれぞれ結納だとか、なにかしらの理由があるようだが、残念ながらわたしはいつなにが行われるのか、よく理解していない。
今回のお祝いはおそらく結納にあたるもので、夫となる人の親族(女性のみ)を姪の家族が招待したようだ。先方はそれぞれに新婦となる姪のために贈物を用意してきていた。こちら側の身内であるわたしも呼ばれた。本来ならその準備や当日の手伝いをすべき立場だが、わたしはこういった席で一度も手伝いをしたことがなく、今回もまた客として参加しただけだった。幸い、写真撮影を頼まれたので今回は少しだけ役に立ったかもしれない。
お客さんが現われるとまず、紅茶とお菓子が供される。そのうちにどんどんお客さんが増えるが、それぞれにお茶が出されてみな一息ついているようだ。そのうちにお昼の料理が出される。
新婦となる姪は、いとこに囲まれて部屋の中央あたりに座っていた。特にみんながあいさつに来るようでもなかったが、お客さんもその周りにそれぞれ座って食事を待っていた。


部屋から溢れて縁側に座るお客さんたち

結婚式も葬式も、クミシュテペではその人の自宅で行われる。結婚式の場合は家中の部屋にお客さんがあふれ、そこに食事も出されるので大抵がガヤガヤ騒々しく、座る場所を見つけるのも難しい。お葬式の場合も似たようなものだが、食事を出す日以外は訪問客が短時間で帰っていくので、結婚式ほどは混み合わないようだ。


食事を終えてひと段落の客たち

食卓が片づけられると、音楽がかかって華やかなドレスに身を包んだ女性たちが踊り出した。親戚に聞いたところによると、踊っていたのは新郎方の女性たちだったそうだ。うちの姪っ子たちは恥ずかしがりやばかりで踊る人がいない。こんなときこそわたしが率先してお手本を見せたいところだが、実際はこんな席で踊ることはこれからもないだろう(踊れない)。





女性たちは入れ代わり立ち代わり踊っていた。女性的で優雅な動きでありながら、音楽の拍子はかなり早いし複雑な腰の動きも入った舞いだ。日本人の盆踊り的感覚ではちょっと真似ができないと思った。踊るのは一部の女性だけで、ほかの人は手を打ったりじっと座って眺めていたりする。それでもそれぞれが華やかなスカーフとそれに合わせたドレスを着て、すてきな装いだった。
それからまたひと段落したら、新婦へのプレゼント贈呈が始まった。一人ずつプレゼントを手渡したり、新婦にかけるようにお札を撒いたりしてお祝いをする。わたしはお祝いを持っていかず、焼いたケーキを姪の母に渡しただけだったが、今後は団子より花的なものを用意した方がよさそうだ。


指輪を受け取る姪


ワンピース(の生地)とスカーフのプレゼント


最後は叔母たちと母親に囲まれて

プレゼント贈呈が終わると、お客さんたちは徐々に帰っていく。新婦は最後に二人の祖母に挟まれて座った。姪の母方の祖母がハリルの母だが、彼女はなにか詩的なお祝いの言葉を捧げていたようだ。わたしは理解できなかったが、姪がぐっときたのか、目に涙が溜まったのは見逃さなかった。


祖母からお祝いの言葉


お客さんを見送る義妹

お客さんたちが帰ってしまうと、近い身内だけになってお茶を飲んで一息入れる。そこまで来ると、わたしも知った顔ばかりなので気を緩めることができるようになった。
次の記事では、お祝いの舞台裏を少し紹介するつもりだ。

ホルジュン

  • 2014.05.28 Wednesday
今日は毎週恒例の水曜市場だった。土日もなく、毎日似たような日課で生活していると、週に一度の市場の日がちょっとした目印になる。「もう一週間が過ぎたのか!」と思うのは、買物に行かなくてはならないという理由だけでなく、わたしの場合、「そろそろ髪の毛を洗わなきゃ」ということもある。髪の毛を、7〜10日に一回だけ洗うようになってもう何年にもなる。
さて、今日は市場の写真を撮ろうと思って出かけたのだが、日差しが強い上に強風が吹いていたので、最初からやる気が失せてしまった。カスピ海が近いこの地域は、年間を通じてよく風が吹く。そして風が吹くと、いろいろなことをする気を失いがちだ。作業をしようと思うと、風で物が飛ばされてしまったり、砂やらなにやらが飛んできて視界を遮ったりするからだろう。なんとなくそわそわして、物事にし集中するのが難しくなる。それは、羊毛の作業が進まない言いわけの主なものだったりするのだが…。
そういうことなので、今日の市場ではちょっと違った視点で写真を撮ることにした。うちもそうだが、バイクで買物に来る人が多いので、すてきなホルジュンを見つけたら、パシャ。ホルジュンとは、バイクの後部座席にかける荷物入れのことである。


標準的な縞柄


これも縞柄だが、縞のあいだにちょっとした刺繍が施されている


座席部分にも気を配って織ってある


凝ってるね


今日見た中では最高傑作か


渋いけどトルクメン的


縞柄にアクセント的な刺繍

ホルジュンは通常キリムという織物で作られる。トルクメンの手織りの絨毯は世界的に有名だが、キリムも女性の仕事として今でも日常的に織られている。

トルクメンのキリム

  • 2014.05.17 Saturday
先日、ハリルはまた原付バイクを買った。事故で大けがをしたのでバイクはやめたはずなのだが、自動車も自転車もロバもない状況ではやはり仕事が回らず、ほかに仕方がないのである。
さて、バイクを売ってくれた人の奥さんは、キリム織りの名人なのだそうだ。彼のバイクにも手織りの物入れがかかっていたので、写真を撮らせてもらった。



トルクメンのキリムは縞柄が基調となっているものが多いが、この入れものには三種類の細かい模様が規則正しく刺繍されている。





薄手のタイプのキリムは、物を入れるための袋によく使われている。重いものを入れても型が崩れず、丈夫で便利な素材だ。

テヘランレポート

  • 2014.05.01 Thursday
テヘランへは結局、五泊六日の旅になった。短いあいだでも、クミシュテペとは違う環境で過ごしたことが新鮮だったので、リフレッシュできたように思う。外国からの観光客が多いホテルに泊まってその水準を知ったり、うちにはないテレビを見て都市部に住むイラン人の生活スタイルを想像したり、町をゆく女性のスカーフの被りかたを観察したり、外食をして、あらためてその食事の内容のまずさに気づいたりした。
テヘランの中心部にある Kowsar Hotel は四つ星のホテルと聞いているが、ヨーロッパのそれとは違うようだった。それでもイランにしては珍しく清潔感があり、西洋風の部屋に洋式のトイレとバスタブもあって、快適に過ごすことができる。わたしの場合、自宅よりよっぽど快適だった。お茶がべらぼうに高いのは玉に瑕だが、朝食もビュッフェだし、外国からの旅行客も大体において満足できるレベルだろう。イランでは推奨されていない、アメリカ映画を放映するチャンネルも見ることができる。ただ、ロビーでは使えるWi-Fiが、客室では無効のようだ。従業員はみな英語を話すけれど、ポーターなどは表面的にしか理解していないようだった。フロントの人には、"Shall I leave the key when I go out?" と聞いたら、"It's your problem." と返されてウケた。おそらく「ご自由にどうぞ(預ける必要はありません)」という意味だろうけれど、言い方がまちがいすぎている。
街では大きなスーパーを見つけて驚いた。欧米と変わらないスタイルの大きな店に、クミシュテペでは見かけることのない商品がずらりと並んでいた。欧米からは経済制裁を受けているので、UAEあたりから輸入しているのだろうか。道を行く人たちの服装も、クミシュテペと比べて質のいいものを着ているようだし、テヘランの生活水準は思ったより高いのだろうと想像できる。
それから、イラン人はよくしゃべると思う。よくしゃべるしよく食べるし、日本人と比べるととても生き生きとした人間に見える。体つきも、体格がいい上に凹凸があって、動物的なその動きを見ているだけでもおもしろい。変な話、体臭はけっこうあるけれど。
またイランは多民族国家なので、トルクメンはもちろん、アゼルバイジャン人やクルド人など、ペルシャ人以外の民族がけっこう働いている。ハリルはアゼルバイジャン人を見つけては、彼らのアクセントをまねして話しかけたりしていた。トルクメン語とアゼルバイジャン語はよく似ているそうなのだ。
真四角のスカーフを半分に折って頭にまくトルクメンとは違い、テヘランの女性は思い思いの色と形のものを被っていた。二重三重に被るテクニックもいくつか発見できたので、わたしもその日からさっそく試している。
最後に、レストランでもホテルでも会社でも、どこでもティッシュの箱が置いてあって、かなりの量が消費されているのが気になった。イランは森林資源が少なく、水も少ないのに、例えばイラン人が消費する水の量は世界の平均と比べてもずっと高いのだそうだ。断水が頻繁にあるクミシュテペでも、水を流しっぱなしにして玄関を掃除するのを見かけたりするので、資源が少ないから大切に使うというわけでもないのだろう。

以上が、テヘラン旅行の簡易レポートでした。要するに、ど田舎から出てきたわたしが都会の生活に仰天しただけ…とも言えるけれど。そして日本から遊びに来た友人は、無事迎えることができた。空港からバスターミナルに直行し、長距離バスに揺られてクミシュテペ(グミシャン)に到着、うちの動物たちに懐かれすぎてぐしゃぐしゃになっている。

トルクメンの刺繍

  • 2014.01.16 Thursday
今週は市場に少し早く出かけて、トルクメンの手工芸品の店を見て回った。そうは言っても、クミシュテペの市場に出る品物で、目を見張るようなものは残念ながらほとんどない。買う人がいないのだ。一軒だけ、トルクメニスタンから仕入れをしているおばあさんがいて、その店とは懇意にしているのだが。
今回は、ため息が出るような刺繍が3〜4点あった。その中のいくつかはかなり古いもので、刺繍糸も天然の染料が使われたアンティークだ。写真では分からないが、実物を手に取るとそのモノの違いに驚かされる。なんというか、色身が渋い。









トルクメン女性は必ずワンピースを着ているので、歩くときやしゃがむときにチラッとこれがのぞく。砂漠の民トルクメンだが、なんて粋なデザインだろう。そしてワンピースにこの下着という組み合わせを破る人がいないのも、驚くべきことじゃないだろうか。





売っているおばあさんは、ドレスをたくし上げて写真を撮らせてくれた。保温のために履いていた足巻きは、脱がずに下ろしただけだったが。



その他には、金細工のネックレス(上の写真)がすてきだった。トルクメンのシンプルなワンピースにこれを下げたら似合うだろう。

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