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  • 2014.12.06 Saturday

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家禽小屋の外装

  • 2014.10.18 Saturday
自宅の地上階の工事は、のんびりと進んでいる。居住空間を造る前に、その下に石を 60cm 敷き詰める作業があるので、その基礎工事の段階なのだ。日本なら一日で終わりそうな作業だが、ここではこうだ。



基礎工事部分のなかに、将来壁となる部分に低い壁を、奥の方から職人が造る。壁の仕切りが一つできたら、ナーセルが隣町まで行き、ダンプに石を積んで帰ってくる。それを何日もかけて何度も繰り返し、家の前の道路に積み上げておく。石が溜まったらリフトに乗り換えて、石を持ち上げて壁の内側に落とす(その際、リフトが壁を一部壊してしまう)。そのあと別の働き手が来て、腕とシャベルを使って石を壁の高さいっぱいに均す。そうしたらまた職人が壊れた壁を直し、次の壁をこしらえて、ナーセルが石を落とす。その工程の、いまは二段階目だ。日本へ一時帰国するまでに、地上階全体の基礎工事はもちろん終わらないだろう。
さて、職人はいま家禽小屋の外装に取りかかっている。家禽小屋といっても、ウズラはあと十羽くらいしかいないので、ここはもうすぐ小さな家に戻るのだ。


入居者募集中

牛の世話をする人を住まわせるために、牛小屋のわきにこの家を建てたのは十数年前だそうだ。だが、その目的で使われたことはなかった。きれいになったら、ボーダさんあたり、引っ越してきてくれないかな〜。





二階は三方に窓があって明るく、とてもすてきな部屋だ。お隣さんの家は広い庭に羊が放牧されていて眺めもいい。入り口のある反対側は、天気がよければ山脈も見える。





レンガの壁の上にセメントを塗り、その上に塗っている白いものはライムストーンと呼ばれる石灰岩だそうだ。要するに、漆喰だ。
見事な秋晴れの今日、家が白くなり初めて、少しだけ希望が湧いてきた。自宅は自分たちが死ぬまでに完成しないんじゃないか… などと本気で考えることもあるのだから。


お隣さんの鶏たち。いつもうちに食べにくる

姪の結婚祝い(後編)

  • 2014.10.15 Wednesday
花嫁へのプレゼント贈呈が終わると、踊りの時間だ。花婿の親戚にはなかなかの踊り手が何人もいた。少し年長の方だったが、舞台にひとりで上がって踊りを披露している女性もいた。自宅でする結婚祝いなのでアットホームということはあるにせよ、度胸があるし、音楽に合わせて自然に体を動かすことができるのには感心するばかりだ。






右下の彼に注目



このあと花嫁も出ていって踊っていた。雰囲気のあるお祝いで、いいなと思った。男性がいなくても(いない方が?)、楽しい時間となるのだった。
ちなみに流行のことをこちらでも "mode" というようだが、最近の mode は、大胆でカラフルな柄のスカーフに、無地のドレスを合わせることのようだ。少し前までは黒っぽい細かい柄のスカーフが多いと思っていたのに、いつのまにか流行は変わっていた。わたしはもともと流行に関心がないし、ここでは異邦人のためさらに疎くなっているので、周りからは憐れに思われているに違いない。市場でも集まりでも、よく「新しいスカーフを買え」と勧められるのだった。



踊りのあとしばらくして、お客さんは引出物を持って帰っていった。そのあとは近しい親戚だけでいただいた贈物を吟味し(お約束)、お茶を飲んでお祝いが終わる。わたしたちはまた、片づけもせずに帰ってきた。


花嫁抜きで贈物を開けちゃってます


とっても悪い食べものたち


サマワ。これでお湯を沸かしてお茶を入れる


特大のガザン。一度はこれで料理してみたいが、うちでのパーティは遠慮したい(笑)

姪の結婚祝い(前篇)

  • 2014.10.15 Wednesday
大学生である姪は婚約していて、結婚は卒業して就職が決まったあとにすると彼女の母(ハリルの妹)は言っていた。ところが先日あらたに聞いたところによれば、先方が「四年は長すぎるので二年後にしてほしい」と言っているそうだ。もっともなことだが、大学の途中で結婚してしまったら、卒業や就職が難しくなるのではないだろうか。妊娠するかもしれないし、少なくとも「学校を出て仕事を得る」という目標の実現は遠のいてしまうようにわたしには思える。いずれにしても、本人に後悔のないように進んでほしいものだ。軽い後悔って、なにを選択したとしても、するものだしね。
彼女の結婚祝いに呼ばれたのは、少なくとももう三回目になる。本来なら前夜から泊まり込んで手伝いをすべきところ、今回もまた VIP 並みの訪れかた(遅刻)をして、お昼をごちそうになった。


花嫁の叔母が台所の担当(料理上手のハリマ)


チェックディルマ(牛肉)

ハリルの妹は四人いるのだが、みな揃って料理が上手だ。弟たちも野外でのケバブなどお手のものだし、この一家はみな料理の才能があるのだと思う。トルクメンの料理は遊牧民的に豪快でシンプルだが、飾りっ気のない料理を特別においしく作るためには、小さなコツを積み重ねているようだ。


あまいお菓子の数々


羊肉(の特においしいところ)

新郎の親戚からは、お祝いの品を色々といただいていた。犠牲祭のあとだからか、トレーに乗せた肉もあった。こんなに何度も結納するのは、大変そうだ。早く結婚が終わってくれと思っても不思議ではないだろう。
食事が終わったら、さっそくプレゼント贈呈となる。みなさん花嫁のもとに集まって、それぞれに品物を渡したり、お金を渡したりする。お金は、少額のお札を何枚も持って、一枚一枚花嫁の頭上に振りまく。ちょっと下品じゃないかと思うのだが、みんな喜んでやっている。その足元では必ず回収係がいて、飛び散った札束を集めているのだ。現金は見せずに包む日本の文化とは、大きな違いがある。


慶事用のスカーフとドレスは、とっても華やか





贈物は、貴金属、ドレス(生地)、スカーフ、化粧品などが多かった。受け取るたびに、ワーオ!」などと言って喜びをあらわにすることはない。あくまでもしおらしく振る舞っていた。結婚に限らず、贈物をもらったときは、その中身についてどうこう言う人を見たことがない。いただいたことをありがたく思っているように見えるのだが、実際はどうなのだろう。モノが溢れている国だと、「こんなのもらっても困る」とか言っちゃう人、いるよね〜。
初めて会ったときはまだ少女で、将来「お医者さんになりたい!」と言っていた姪だが、いつのまにかすっかり大人っぽくなって、婚約してしまった。現代のイランで「女の一生」を過ごすのは大変かもしれないが、しあわせなってほしいと思う。


悪用されると困るので、ちょっと細工しました

牛の餌づくり

  • 2014.10.13 Monday
羊たちに餌をやって小屋の扉を閉めたら、今度は牛の餌を調合する仕事が待っている。



ブロック塀で囲まれたこの場所には、トマトが蓄えられている。正確にいうとこれは、トマトペーストを製造した際の残リだそうだ。イランではトマトペーストがよく料理に使われる。トマトペーストは文字通りペースト状で、ケチャップやピュレよりも密度が濃いものだ。たいてい、缶詰になって売っている。ハリルはそのトマトペーストの残りを工場から安く買ってきて、この場所にギュッと詰めて密封して保存している。粉状になった干し草に混ぜて牛や羊にやるのだが、空気に触れると腐ってしまうので、毎日少しずつ取り出して混ぜているというわけだ。



4〜5袋に分けて詰めたら、それをバイクに載せて家に戻る。ナーセルがいるときはリフトに載せて持ってきてくれるときもあるが、大体ハリルが運んでくるので、彼のバイクはしょっちゅう壊れている。



こうやって荷物を載せて、後部座席にはわたしが乗る。軽く 200kg は超えているだろう。しかも、このあとハリルはもう一度南庭に戻って残りの袋を持ってきた。家では待ちくたびれている牛たちを繋いで、ようやく餌をやることができる。日が短くなったので、その頃にはもう辺りは真っ暗だが、こうしてようやく一日の仕事が完了する。

羊の放牧

  • 2014.10.13 Monday
午後のお茶を飲んだあと、ハリルは南庭に行って羊の世話をし、牛の餌を抱えて帰ってくる。戻ってくるのはいつもとうに日が暮れたあとなので、わたしは家にいる牛たちと一緒にやきもきして待っている。
南庭にナーセルがいないときは、わたしもついて行って手伝いをすることがある。小さな羊の群れなのだが、その扱いがハリルひとりでは難しくなるからだ。


草を食べる羊たち

羊たちには栄養のある餌をたくさん食べさせて、太ったら肉として売ることになっている。順調に太ってきている羊がいる一方で、もうすぐ死にそうな羊もいる。この羊たちは大きな群れのなかでも弱ってしまった一群なので、すでに手遅れの羊も混じっているようだ。羊が弱るにはいくつか原因があるのだが、一番多いのは寒い冬や暑い夏にダメージを受けてしまうことだという。気候変動によって極端な寒さや暑さが続いているので、クミシュテペでも羊の商売は厳しいものになってきている。代々続いた羊飼いの家も、廃業している人がいるそうだ。





ハリルが羊の餌を調合しているあいだ、群れを庭の外に出して放牧するのがわたしの仕事だ。誰もいない空き地で羊を見張るだけの優雅な仕事なのだが、この羊たちは早く餌場に戻ってパワーフードを食べたいので、草をちょっと齧ったらすぐに庭に戻ろうとしてしまう。そうかと思えば、反対側のお隣さんのラクダ用の餌場に突進したりする。一頭が走り出すと反射的に群れ全体が動くので、たまったもんじゃない。先頭の羊より先に出て(走って)、群れを追い返さなくてはならないのだから。間に合わない場合は、杖を放り投げたり叫んだりしながら、なんとかして群れの暴走を阻止する。こういうことをプロとしてできる羊飼いは、本当におもしろいと思う。「プシャ!」とか「プルルルル」とか、羊へのかけ声はいろいろあって、進めも止まれも指示できるのだ。


ヤギも二頭混じっている

ヤギは羊よりもすばしっこくて、高いところに登れるので悪さもする。この群れにはヤギが二頭だけいるのだが、彼らはいつも角を突き合って遊んでいる。前足を幽霊みたいな恰好で持ち上げて、後ろ足で立ったと思ったら少しためて、体をねじりながら角を振り下ろす。カツンカツンとお互いの角に当てて、相撲を取っているようだ。


羊たちが食べている草(のひとつ)



羊たちは水路の近くに下りて、斜面の草を食べたり、水を飲むこともある。水路の向こう側にも、羊飼いと群れが何組か見えた。



放牧している時間の後半は、群れは餌場に戻ることしか頭にないようだ。入り口に集まってしまって、草を食べる気配はない。ハリルからの合図を待って、わたしが入り口を開ける。あとは群れで自動的に餌場に走ってくれるので、取り残された羊がいないかどうか確認して、わたしも庭のなかに入る。


羊たちが囲われている小屋

この小屋のなかに餌場もある。かわいそうだが、人がついて放牧できる時間以外は、群れはここで過ごしているようだ。天気がよければ、もう少し広い敷地に放たれる。


小屋の入り口

すごいね。手製の壁と扉。それから扉のストッパーもクミシュテペ風である。
羊たちに餌をやって扉をロックしたら、今度は牛用の飼料を調合する。これがまた一仕事なのだった。

骨の取り合い

  • 2014.10.12 Sunday
犠牲祭のあと、うちの庭には羊の足やら牛の首がゴロゴロしていた。近所で犠牲として捧げられた家畜のそれを、犬たちが何個も持ってきてしゃぶっているのだ。


牛の下あご

庭のところどころにこんなのが落ちているのは日常茶飯事で、もう驚かなくなってしまった。最初のころはずいぶんギョッとしたものだが。骨の髄まで犬たちにしゃぶられて、最後はわたしが拾い上げて土に埋めるか、ゴミとして出してしまう。
なかよしのバグティとボウディが、骨の取り合いをして遊んでいた。


はっけよーい


のこったのこった


白目をむいて骨を死守するボウディ



最後は両脇から、いっしょに齧っていた。バグティは気質が穏やかで、子犬や子猫にやさしいのだ。昨日は牛の餌場に寝転がって、姿勢をできる限り低くして、牛にアピールしていた。牛ともなかよくしたいらしい。
バグティに遊んでもらい、猫のロチともつるんでいるボウディは、数日前から病気にかかってしまった。唯一の望みである注射をハリルがして二日になるけれど、あまり具合は回復していない。子犬はみなこの病気にかかって、命を落とすことも少なくない。これまで生き残ったのは、アッコだけだ。とても心配しているが、ボウディの生命力に賭けるしかないようだ。

ウズラ

  • 2014.10.11 Saturday
すっかりわたしの仕事になってしまった家禽小屋には、ウズラが三十数羽残っている。仕事といっても、朝晩二回、餌と水をやるだけなので簡単だ。粒状になっている餌を水に浸して少し揉み、やわらかい状態で餌入れに入れ、水は一日一回、二つある水入れを洗って、満タンにしておく。
以前は冬になると、家禽小屋にストーブを置いて温めていたので、ウズラは寒さに弱いのだろう。いずれにしても今年は大幅に家畜を減らしていく計画なので、ウズラもあと数週間の命だ。三度に分けて、捌いていくつもり。



第一回目は十一羽だった。ハリルが首を切って、わたしが残りを受け持つ。まずは羽をむしり、手足を第二関節から落として、腹を切り開く。考えてみれば、羊や山羊とまったく同じだ。



朝早くに、その日の餌をやる前に殺したので、食道その他の内臓はきれいで、餌が詰まっていることはなかった。心臓、肝臓、腎臓は人間のために残し、腸などは猫にやった。


心臓、肝臓、腎臓

腎臓は二つに切って、中に入っている石の袋を手で剥がす。小さな鳥なのに、かなりの石が入っていた。餌に石が混じっているようには見えないのだが、いったいどこから取り込んだんだろう。


まるっこいのが腎臓

腎臓をきれいにしたら、内臓はすべて軽く洗って水を切り、冷蔵しておく。この量なら、二人で二回くらいで食べきってしまう。たまねぎを揚げ、内臓も揚げて、トマトでよく煮込んで食べることが多い。冷凍しておいて、ちょっと元気を出したいときに食べたりもする。

メロンとカボチャの行く末

  • 2014.10.10 Friday
メロンとスイカが全滅したあとも懲りずに世話をした、たった一つのメロン。なかなか黄色くならないので、葉が枯れたら収穫しようと思っていた。


犬や猫にひっかかれながらもよく育ったが…

そして昨日、お約束の事件は起こった。なんとなんと、今回は人間に食べられたのだ。職人が壁を塗る工事を再開しているのだが、彼を訪ねてきた友人だか何だかが、わたしたちがちょっと留守にしたあいだに採って食べてしまっていた。今朝になって職人に尋ねると、彼が気づいたときには友人が採って食べたあとだったそうだ。
どうしてわたしが彼らだと気づいたかというと、メロンのそばにきれいに取り除いた種が落ちていたからだ。それは果実を丸ごと齧ってしまう子牛にはできない芸当である。また牛の水槽には、メロンの皮がひとかけら落ちていた。よく見ると、人間の歯でしごいた跡がある。おそらくメロンを食べたあとで、その皮を牛にやって、牛がそれを食べこぼしたのだろう。ほとんど果肉がないほど皮は薄かったので、よっぽど甘かったに違いない。この二つの証拠をよく観察して、壁塗り職人自身はそんなことはしないと思ったので、昨日初めてうちに入ってきた人物に違いないと名探偵(わたし)は推理したのだった。別件もあったので、ハリルはものすごい剣幕で職人に怒っていた。でも今回ばかりは、わたしは怒りを超えて感動というか、驚きの気持ちが勝ったのだった。
うちの庭には、メロンは一つしかない。しかもそのメロンの下にはきれいに藁を敷いて、大事に育てているのが誰が見ても分かるはずだ。ときどき写真を撮られて、世界へ向けてレポートすらされているメロン様なのだ。それを初めてうちに来た見ず知らずの人間が採って食うとは。なんてワイルドな人たちなんだ! とても異邦なものを見たような気がして、不思議な気持ちになった。


収穫目前のかぼちゃ


順調に育っているかぼちゃ

そして今日、上のかぼちゃ二つが子牛にやられた。もうここまで来ると、がっかりすらしていない。原因は、先日、子牛が小屋の入り口に頭を入れて母牛の乳を飲んでしまったので、彼女を繋いでいるロープをずらしたからだ。すると今度はカボチャ畑に近くなってしまい、果実に手が(口が)届いたというわけだ。彼女が届かない場所にまだ2個あるが、どうなることやら。


スイカ1


スイカ2

メロンのそばに、スイカが二つ、育っている。大きく見えても、まだ10cm以下である。切ったら中身は真っ赤だと思うが、これはどんな結末を迎えるのだろうか。
読んでいてモヤモヤしちゃったらごめんなさい。

挽き肉

  • 2014.10.09 Thursday
羊や山羊を殺したときは、少しだけ挽き肉を作っている。肉の筋のないところをフードプロセッサーにかけて挽いているので、たくさんできないのだ。ミンチにする機械があれば挽き肉料理の幅も広がりそうだが、今のところなくても不便は感じていない。


挽いたのはたった 500g くらい

今回のヤギの肉はハリルがすべて切り分けて、わたしが袋に小分けにして冷凍した。骨のついた部分はスープに、肉の固まりはチェックディルマや煮込み料理に、真っ白な脂肪はどんな料理でもコクを出すのに使うことができる。たくさんの小袋をまちがえて解凍しないように、冷凍庫の扉に肉の種類と位置を書いて貼っておいた。





冷蔵庫には、ほかにもいろいろと物置の段ボールの中身などを書き出して貼っているのだが、この方法はけっこう便利なのだ。積み重なった段ボールや風呂敷を開ける前にリストを見ておけば、一発で目的のものを取り出すことができる。まあ、クロゼットや引き出しがある家ならば、必要ないと思うけど。
話は戻って、挽き肉だが、わたしは日本風のコロッケを作るのに使うことがほとんどだ。


ターメリックを入れるので黄色くなる


パン粉もフープロで挽く


200gの挽き肉とじゃがいも 6個で、小さなコロッケが 16個できた

揚げたてのコロッケはおいしくて、小ぶりとはいえあっというまに5個食べてしまった。でも、挽き肉をしばらく使っていなかったので忘れていたことがあった。羊やヤギの肉は、半野生なのでよく煮込まないと硬いのだった。挽き肉も同じことで、一度炒めてから水を足して煮込んでおく。それからあらためて挽き肉として使うと、やわらかい歯ごたえになる。今回はそれをしなかったので、肉の繊維が残ってしまったが、歯ごたえを楽しむと思えば問題なし。
羊やヤギは、人間が作った脂肪分などがたっぷり入った餌ではなく、野生の草を食べて、よく歩きまわっているので筋肉が発達しているのだ。だから、肉が硬い。何時間もかけて煮込む必要があるが、そうすると本当に味わい深い肉が食べられるのだった。

ガラヌチョルバ

  • 2014.10.08 Wednesday
ハリルがヤギの内臓でスープを作った。これはトルクメン語で「ガラヌチョルバ」という、胃を煮込んだスープである。トルコ語では「イシュケンベチョルバシ」というそうだ。



犠牲祭で殺したヤギの胃をよく洗って、襞(ひだ)の部分をこそげ落とし、刻んだたまねぎやにんにくを入れて煮込んでいた。途中で酢やクミンも入れていたようだが、わたしはこのスープが苦手なので、現場から遠ざかってよく見ていない。なにが苦手って、その匂いである。生の胃そのものの匂いなのだ。近づいてもろに嗅ぐと吐き気がするし、煮込んでいるあいだ家の中にその匂いが充満していた。お客さんが来なくてよかった。



絶対的に拒絶していたそのスープだが、現金なもので、夕食の時間にはちょっと飲みたい気がしてきた。昼にコロッケを食べ過ぎたので、飲んだら少し胃がすっきりするんじゃないかという期待をしたからだ。



こしょうをふって、ライムジュースを少し入れて飲んでみたら、これが案外おいしかった。日本にももつ煮込みという料理があるが、そのスープ版といったところだろうか。匂いは消えていないけれど、滋養があると思えば気にならない程度までおさまっていた。
このスープは弱っている胃に効くそうだ。これだけ新鮮な胃袋だったら、たしかに効きそう。

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